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小児科医 中村弓美の部屋

小児科医 中村弓美のエッセイ・雑記

ラマーズ法で長女出産

学生実習のとき、初めてお産を見学しました。産婦さんが、うなり苦しみいきむ時、まわりにいるのは、医者、看護婦、見知らぬ学生。お腹の上に馬乗りになり、そーれとお腹を圧迫してやっと誕生。赤子の”生命”に感動しましたが、分娩室の無味乾燥な冷たさと、産婦さんの孤独が心に残りました。

小児科医となり、リスク分娩時に出産に立ち会うことがありましたが、その時も、産婦さんの不安と寂しさが気にかかりました。

今回、妊娠とわかり、「ただでさえ、つらいお産というのに、陣痛室や分娩室で一人にされたくない。寂しい思いをしたくない。」と思いました。先輩のN先生から、助産婦のS先生のことをお聞きし、その日のうちに、S助産院を訪ねました。

初めてお会いするS先生は、”助産婦”のイメージとかけ離れて、”どこかのおばさん”。ちょっぴり不安を感じましたが、「無理をしないお産だから、赤ちゃんの状態がいいですよ。」の先生の言葉がうれしくて、ここでの出産を決意していました。NICUにやってくる赤ちゃんは、ほとんど誘導吸引分娩ですし、無理なお産のためではと思われる頭血腫や頭蓋内出血を見ていたからです。

5月16日午前5時前徴。午前12時に入院。五月晴れのすばらしいお天気で、助産院の周りを散歩しました。その夜から、陣痛が規則的になり、一晩中、S先生に腰をさすってもらい、ヒ、ヒ、フー。朝になっても、まだ3cm。

翌17日、予想以上にお産は進まず、午後になっても、7cm。朝からずっと腰をさすってくれたKさんに励まされ、気をとりなおして、ヒ、ヒ、フー。てっきり産まれたものと仕事を終えて駆けつけた主人も黙って見ているわけにいかなくなり、一緒に、ヒ、ヒ、フー。

私は”もうどうしてもいられない、助けてー”と思うほどなのですが、なかなか開大せず、やっと分娩室に入ったのが、午後6時半。やっといきみの許可が出たときには、疲れきっていて力が入らず、”もうこれ以上の力は出ないよー”と思いながらいきみを繰り返しました。

”根性なしの私がラマーズを選んだのは間違いだったのではないかしら”と弱気になりましたが、S先生の”自分でここを選んできたんでしょう。最後までがんばりなさい。”の言葉と、主人、母、周りのみんなの励ましで、やっと、午後7時33分、長女を出産できました。

主人「出たー」。 母「えらい、よくやった」。 私「自分にも産めたー」。

先生、本当にありがとうございました。ここにきてよかった。 主人も心からここでの出産を感謝し、二度目もここでと決めています。 感謝で一杯、とても言葉では表せません。

(昭和61年5月 <S助産院 お産体験ノート>への寄稿より)

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