小児科医 中村弓美のエッセイ・雑記
時間と空間 超える眺め
本渡市の中央に十万山という山がある。 標高300mくらいの小さな山だが、市内の中心部に登り口があり、道路も整備されていて簡単に登ることができる。 中腹には公園があり、春はサクラの並木群が花開き、山の斜面が桜色になる。
中でも、山頂展望台からの景色はすばらしい。 早崎海峡をはさんで雲仙普賢岳、有明海には湯島から金峰山、瀬戸大橋を挟んで上島の倉岳、老岳、動鳴山、御所浦には数々の島々、 後ろを振り返れば染岳、帽子岳があり、その向こうには志岐山が広がっている。山と海が織りなす不思議な景色だ。
我が家では子どもたちが小さい頃から四季折々、この眺めを何度も見てきた。 山頂からこれらの景色を眺めていると、時間の流れが違うことに気づく。

下界の日常の生活では、ものすごいスピードで時間が流れ、子どもたちの成長や医師としての勤めにまつわる色々な心配も次から次。 でも、山の上では、時間の流れが緩やかで、心配事自体が消えてしまうよう。 そして、子どもたちが小さかったあの時と今がつながっている感じ。 もっと大きな時間の流れが在るような気がする。
また、山の上ではいろいろな音が聞こえる。 鳥のさえずりや木の葉のざわめき、虫の声、風の音・・・。 さらに、天草高校の生徒らが奏でる楽器の音、と同時に、天草工業高校の野球部の練習の掛け声だって聞こえてくる。 下界にいたら、決して一緒に耳にすることのできない音が、山の上に大集合。
十万山の頂上は、時間と空間を越えるタイムマシンスポットみたい。
自分の人生や生活を客観的に見ることはなかなか難しいものだが、山の上に登ってみると、案外簡単にできてしまう。
(平成15年10月25日 熊本日日新聞 夕刊「今日の発言」掲載)
